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不妊症(ケースヒストリー)

子供を授かりたいと願う女性が妊娠できないのはとても辛いことです。周囲の期待やプレッシャーがあったらそれはもっと深刻にな問題になるでしょう。

不妊症には肉体的な問題と精神的な問題が考えられますが、自然療法の考え方からみると80%は肉体的な問題も結局は長い間押し込められた精神的な問題が原因であると考えます。ここではその精神的な問題を克服してめでたく子宝に授かった女性のお話を紹介します。

恵子さん32才、6才年上の夫との結婚生活は6年。結婚してから特に避妊をしていないのに子供が出来ず、いろいろな病院を訪ねましたが夫婦ともに肉体的には問題がないと言われました。「肉体的には問題が無いってことは、じゃあ精神的に問題があるってこと?」と恵子さんは自己啓発や精神世界の本を買って勉強しました。お陰で精神世界のことやトラウマなどの知識を持ちましたが、肝心の不妊症のことはどこにも見当たらず途方にくれている時にたまたま私のクリニックのことを私のクライアントでもある友人から聞いたのでした。

恵子さんは結婚2年目まではオフィスで働いていました。30才までには子供が欲しいと願い、夫の転勤で引越しすることになったのをきっかけに専業主婦になりました。

「だから、今は仕事のストレスもないし、どうして出来ないのでしょう?」と恵子さんは言いました。

「ホントね、どうしてでしょう?恵子さんの潜在意識に聞いてみましょうか?」と毎度お馴染みの言葉を口にする私。

診察台の上の彼女の手首をそっと持ってみる。手首からのエネルギーが硬く感じる。

「恵子さん、緊張してる?ゆっくりと深呼吸してみて…」

彼女の呼吸はとても浅い。心配性でリラックスが出来にくいタイプみたいだ。彼女に聞いてみるとこのような返事が返ってきた「そうなんです。オイルマッサージ も指圧も、何やっても気持ち良いけどリラックス出来なくて、いつも力を抜いてって言われます。抜いてるつもりなのに…」

彼女の小中学生時代、家族は団地に住んでいました。社宅ではないのですが、その団地にはたくさん父親と同じ会社の家族が住んでいました。彼女の母親は典型的 な日本人の母親で「世間体」を一番に気にしました。大きな声を出すと薄い壁から隣にすぐ伝わる為、恵子さんの母親は大声をあげて怒ることはなかった。しか し、恵子さんや妹が何か母親の気に触ることをするといつまでもいつまでもグチグチと文句を言うか、泣いていたそうです。

恵子さんの言葉を借りるとそれは呪いの言葉のように聞こえたと言います。「本当に子供なんか生まなきゃよかった…パパは全然協力してくれないし…いつもママばかりが嫌な思いして、アナタたちはそんなことを考えたこともないでしょう。どうせ言っても子供だから分かるわけないけど、いつまでこんな生活が続くのかと思うと嫌になっちゃう(ため息)」このような言葉を独り言のように食器を洗いながら、内職をしながら母親は言っていた。

「今考えれば、当時の母はウツだったかもしれないですね...」恵子さんはつぶやきました。

母親が他人に「もう子供はいらない!」「2人で十分」って絞り出して叫ぶような声を何度も聞きました。それは女の子が2人だから「今度は男の子よね?」って無邪気に精神的プレッシャーをかける世間の人たちへの返事でした。

恵子さんは「子供にこりごり、もう嫌だ」という母親の言葉を何度も聞いて育ちました。その言葉で時々不安になった幼い恵子さんは聞きました「ママは私のこと嫌い?」返事はいつも「恵ちゃんはママの子供だから好きだよ」「じゃあ、私がママの子供じゃなかったら嫌い?」という質問に対する答えは覚えていません。何となく返事はうやむやだった記憶があるそうです。

母親が恵子さんたちに愛情を持っていたのは恵子さん自身も分かっています。しかし、19才で結婚し、すぐに出産した20代の母親には育児とご近所付き合いは精神的に大変なことだったのでしょう。と、その頃の母親の年を数年前に過ぎた恵子さんはその頃の母親の置かれた立場にはとても同情的でした。恵子さんは母親を憎んでいるのではないのです。

しかし、大人の恵子さんはその頃の母親の態度を理解していても、潜在意識の中の幼かった恵子さんには当時それは理解できませんでした。6才の恵子さんの潜在意識には「母親と娘の絆に対する否定的な感情」「子供は嫌、辛いものという感情」がしっかりと記憶されていました。

恵子さんは思い出した様に言いました。「子供の頃によく泣いている母親にごめんなさいって謝っている自分の夢を見ました。何なのか解らないのだけど、私が母親を悲しませているって常に感じていました」

「子供と幸せに暮らしている母親」というイメージよりも「子供がいて辛い母親」というイメージの方を強く心の奥底に持っていたら母親になるということはポジティヴなものではなくなってしまいます。母親になることが辛いことならば潜在意識の防衛本能は母親にならないように、妊娠しないように働きかけます。

そして、夫の転勤で引っ越した先は一軒家であるけど、近所は夫の会社の人たちの家族が住んでいました。母親がストレスを受けた社宅団地住まいと似たような状況が恵子さんの奥底にあったトラウマを刺激した原因にもなっていました。

「引越してからはやはりご近所のことが気になって、それがストレスになっていたかもしれません。そういえば引越してから生理が不順で、でも、それは引越し前後の疲れが出ているんだって思っていましたが、1年近くもはおかしいですよね?そんなことは考えてもいなかった…」と納得して彼女は言った。

「初潮の時から生理は不順だったの?」

「ええ、12才から始まって17才ぐらいまでは2~3ヶ月とか半年なかったりしていました。それから毎月来るようになったら、今度は激しい生理痛と出血で学校や仕事を休まなければ行けませんでした…」12才の頃に性的な虐待を受け、17才で恋人が出来てからは生理が順調になったが重い生理と感情の起伏の激しさに悩まされたことも話してくれました。これらのことは全て彼女の不妊症のコンディションを作るのを手伝っていました。

不妊症だけではなく女性の生殖器関係の疾患は母と娘の問題、女性性に対する嫌悪や罪悪、歪んだ性に対する受け入れが関係しています。

「母親のネガティヴな子供へのコメント」「母親を苦しめている罪悪感」「性的虐待」「愛の受け入れ方」「自分は十分ではない」などの感情が今回の恵子さんのテーマのようです。

原因が分かったので、さあ仕事に取り掛かりましょう!

恵子さんの不妊の理由の一つに母親と子供とのポジティヴなイメージを持つことが出来なかった子供時代というものがありました。母と娘の問題は大きく分けると 「母親を憎む、嫌う、軽蔑する娘」=母に反抗する娘か「母親に対して自分が悪い、十分ではないという罪悪感、劣等感を持つ娘」=気に入られたい良い娘を演じるに分かれます。どちらにしても女性の生殖器には良いエネルギーではありません。

中学卒業までの恵子さんの母親の思い出はネガティヴなものばかりでした。近所の母親グループのリーダー格の女性にいつも気を使っていた母親。「○○ちゃんの お母さんが~って言っていたから…」という言葉をよく使っていました。そして、その後には「だから、恵ちゃんも~しなさい」という言葉が決まってついてきた。母親が「ママはこう思うのだけど~」という話方は記憶にはない。

恵子さんの中学卒業後に違う市に引っ越してからは母親グループへの気兼ねがなくなった為か、母親の態度が優しくなったように感じたと恵子さんは言いました。しかし、高校生活で忙しかった恵子さんは母親との会話はなくなっていき、口論もなければ、喜びを分かち合うことも無いクールな関係になってしまいました。

明るいクールな関係ではなく、暗いクールな母親との関係は「無感情、無関心、無感動」というネガティヴなエネルギーとして彼女の大腸に溜まっていました。最初の問診の時に彼女は「腸の調子が悪いみたいで便秘と下痢を繰り返していて、快便という日はめったにないんです」と言っていたことが当てはまります。

さあ、母親とのネガティヴな記憶を掘り下げて戻っていきましょう。

恵子さんの潜在意識は4才の時に戻っていきました。私は恵子さんの前額と後頭部を手で支えます。彼女の潜在意識は4才の記憶に戻っていきました。私たちは彼女のネガティヴな記憶の修正に入っていきました。

4才の時、3才下の妹に対する「ねたみ」母親の「ヒステリー」「憂鬱」そして自分自身に対する「良心の呵責」といった様々なエネルギーが生殖器に溜まっているのが分かりました。「これらの感情、何か心当たりはあるかな?」恵子さんの閉じた瞼の下で眼球がクルクルと回っているのが分かります。彼女のバイオコンピュータが検索しているようだ。

「このことかなぁ~?」恵子さんはあることを思い出しました。これは母親から大きくなってから聞いたことがあり、恵子さん自身も断片的に覚えているもので、ちょっとした事件でした。ある日、母と妹と3人で買い物に出かけた時のことです。デパートのトイレが列が出来るほど混んでいて妹のベビーカーを入れることが出来ないため、母親は恵子さんにベビーカーの妹をちゃんと見ているように言ってトイレに行きました。

恵子さんが覚えているのは「赤ちゃんがいなくなればイイ!」って思った自分がベビーカーをどこかに押して行き、置いてきしまったことでした。トイレから出てきた母親に問い詰められても「知らない」と答え、デパートのセキュリティーのおじさんに聞かれてから本当のことを話しました。その時に初めて自分が悪いことをしたと感じ、泣き出してしまいました。妹は無事に見つかりましたが、その時の母親のショックな精神状態は想像がつくと恵子さんは言いました。

妹に直接ひどい意地悪をしたことはないが、常に「妹だけ特別扱い」というひがんだ気持ちがあったと言う恵子さん。

妹は時々早とちりや失敗をする母親を「ドジなんだから~、サザエさんみたい」ってからかったりしていた。妹は母親を明るいドジな母親と見ているのに対し、恵子さんは暗い、耐える母親と見ていたことに改めて気付きました。

そして、セッションを続けるうちに母親のポジティヴな思い出が蘇ってきました。お弁当の箸を入れ忘れて箸を持って学校へやってきたこと。(先生が箸やフォークを貸してくれるのでは?とは考えなかった)。参観日の日を間違えて学校におしゃれをしてやってきたこと。遠足の時、凝ったお弁当を朝早く起きて作ってくれたこと。みんな小さなことだが母親の愛を感じるものばかりだった。

彼女の今まで忘れていた母親の思い出です。当時の若い母親が必死に「母親道」を実践している姿が愛しく思えた。恵子さんがクスッと思い出し笑いをした。「何が見えたの?」と私は聞きました。

「お母さんが服を作っていて袖口を間違って縫いこんでしまって…手が出せなくなってしまって、そしたら、母はそれをバッサリと切り取ってポケットにしてしまって、服は袖なしにしてしまったんです。ドジだなぁ~って思って…でも…」ここからは恵子さん泣きながら話す。

「ほら、ポケットが出来ちゃった!」って無邪気に明るく言った母親に「そんなの絶対に着ない!」って反抗した恵子さん。途端に母親の顔が悲しそうになった。その顔がしっかりと蘇ってきた。

胸と前額に手を当てて、4才の恵子さんが泣き止んで落ち着くのを待つ…。

その服は恵子さんのために母親が作っていたものでした。母親が袖を切った服を彼女は着たくないと泣いて母親を困らせた。やはり、自分は母親を困らせていた。 そして、その理由は妹に母親を取られたと思い込んでいた被害者意識からだと気がついた。わがままを言って母親の気を引きたかった、愛情を確かめたかったということが理解出来たのです。

ここが一番の元だったのですね。

本当は甘えたかったのにまだまだ赤ちゃんの3才の時に「おねえちゃん」になってしまって、その感情が歪んで出てきてしまったわけです。誉めてもらおうと何かを作ったり書いたりしていたのですが、赤ん坊の世話、家事と心に余裕のなかった母親には恵子さんの作品(注意して見ないと何だか分からないこともある)を誉めてあげたりする余裕はなく「また~散らかして~!早く片付けて、もうすぐご飯だから…」となってしまうのでした。

「だからなのかなぁ?何か手芸とかしたいなって思うのに実行しないのは。いつも思うんですよ、何か作りたいなぁって…」と恵子さん。

クリエイティヴなことに対してのポジティヴなエネルギーのインプットが子供の頃になされていない為に自己を表現することをためらう、あるいは表現のし方が分からなくなってしまうというのは良くある話です。

アートだけではなく、庭造りとか会社を設立とかもクリエイションです。

そして妊娠、出産というのは肉体の出来る最も大きなクリエイションです。

彼女にはオーストラリアン ブッシュ フラワー レメディのボトルブラッシュとターキー ブッシュを処方しました。(レメディに興味がある方はホームページのオーストラリアン ブッシュフラワー エッセンスを見て下さい)

断片的な記憶や母親に対する感情などがクリアーになってきた恵子さんは新しい角度から母親を見ることが出来るでしょう。「母親」というものに対するネガティヴなイメージが彼女の妹の持っているような明るいイメージに変わっていくでしょう。(ちなみに妹は二児の母)

同じ母親を姉妹で違う様に捕らえていた2人。「同じように育てなのに、どうして姉妹(兄弟)でこうも違うのかしら?」と言う親によく出会います。私の親も同じことを言いました。初めの子は一人っ子、子育てに自信のない新米の親、子育てに神経質になります。周りには子供はいなくて大人だけです。二番目は兄姉という子供の仲間がいるし、親も初めの子よりはずっとリラックスして育てます。後、これに引越し、仕事の転換期、経済状態、夫婦の仲、等の両親の精神状態が加わると

「全く同じよう(な環境)に兄弟でも育てられない」のです。

二週間半ぶりに恵子さんがやってきた。「どう?」という私の質問に「便秘がなくなりました!そのせいかどうか分からないけど、心も身体も軽くってお肌の調子も良いし、なんか何もないのに嬉しいんです!」と恵子さん。「嬉しいんです!」と笑顔で言われると私まで嬉しくなってしまう。

子供が便秘の時に機嫌が悪いのを知っている人、犬が元気なウンチをした後とてもハッピーになるのを知っている人はそれが理解出来るでしょう。便秘って簡単に考えていてはいけないのです。身体の中の不必要なものを排泄出来ないというのは身体の異常なのです。快便快心です。

恵子さんはこの二週間半の間にいろいろ考えていました。母親のこれまでの人生こと、母親に対する自分のこと、過去の恋人たちのこと、職場の人間関係などそれらのいろいろな人間関係で起こった問題の原因が理解できたと言いました。自分の言動に対する反省点も出てきました。

母親の愛を欲しいけど、自分は母親を苦しめている、愛されるには十分ではない。だけど、一生懸命に努力しても「認められなかったら傷つく」から努力はしない。愛して欲しいけど、それをリクエストして「拒否されたら傷つく」から態度に示さない。優しくされてもそれがずっと続くとは限らないから、「心から喜ばない」ようにする。

という、公式のようなものが自分の中にあったということが分かりました。

恋人に対しても職場の人間に対しても全く同じ公式を使っていました。

彼女は12才の時に近所のおじさんに性的ないたずらをされました。その行為がなんなのか分からなかったけど、それを母親に言えば自分が叱られると感じていたそうです。露出狂に出会ったこと、満員電車の中の痴漢、レイプまで性的なトラウマの原因はいろいろです。恵子さんは性的ないたずらをされたことよりもその ことを母親に知れたら怒られる、怒られるようなことをしてしまったという罪悪感の方が強く残っていました。

17才の時にSEXを経験した時から生理が順調になったと恵子さんは言いました。それは彼女の中の肉体的な女性性がバランスを取り出したからです。ラッキーなことにその恋人はとても彼女に献身的だったので、彼女の中の「愛されていない自分」という傷を癒すことが出来る関係でした。

ただ、それだけでは彼女の根本的な問題を解決は出来ませんでした。

怒り(悲しみを抑圧したための)や不満は肝臓で処理されますが、その処理が上手くできないと鼻血や生理時の大量出血という形で出てくることもあります。生理は順調になっても貧血に近い状態になる生理時の大量出血はそのままでした。肉体的な問題は少なくなっても、精神的なバランスが取りきれない為に感情の起伏の激しさというものが残ってしまいました

恵子さんは愛を受け入れることに慣れていなかったために、この恋人の優しさに恐れを感じ別れてしまいました。5年も付き合っていましたが、彼の献身的な愛が永久に続くと信じることが出来ず、いつか壊れてしまうなら早く壊してしまった方が傷が軽くてすむっていつも思っていました。特に楽しい旅行の後などに楽しかった分、恐れがど~んと押し寄せてきて、「今なら別れられる」という声が聞こえてくるのでした。楽しい旅行の数日後に別れを持ち出したりする恵子さんに彼は精神的に振回されました。

そして、会って1ヶ月ぐらいしか経っていない男性の方が自分の性格には合っていると無理やり自分に言い聞かせてと付き合うことにして(次の支えがないと別れられなかった)その優しい彼と別れてしまいました。次に付き合った男性とも1年も持ちませんでした。「大好きな彼と別れる時に次の彼を使っている自分には心の隅で感じていましたが、そこには目を向けようとしない自分には気づいていました」と恵子さんは言いました。

そのような彼女の男性不信、「幸せな未来に対する不信」により、結婚前の恋愛関係はいつも問題が多かったと言いました。現在の恵子さんの夫は「大きなくまさん」みたいと彼女は形容しました。安心して抱きしめられる。

しかし、そのくまさんとも優しく触られたり、抱きしめられたりするのは問題がないけれど、SEXとなると頭が真っ白になってしまい、力が抜けて「早く終わって欲しい」と望んでいる自分がいるといいました。

性的な虐待、特にレイプのような場合、その事件の時にほとんどの人は身体から抜け出てしまうため、意識の自分はその相手を許せないという怒りと悲しみを覚えていますが、潜在意識や身体には「罪悪感」や「嫌悪感」が残ってしまいます。相手の力に屈服した自分に対する「卑下」もあります。

ですから、そのことは過去のことと自分の中に押し込めても、心から愛せる相手との行為の時に本人は意識しなくても身体は罪悪感や嫌悪感などの拒否反応を示してしまうのです。

恵子さんにはビリー ゴート プラム、ウィステリア、ボトル ブラッシュを処方して渡しました。

その数週間後、恵子さんは電話で経過報告をしてくれました。

「セッションのお陰かレメディのお陰か、とっても心が軽くなり夫にもとても自然に自分のSEXの時の気持ちを話したんです。そしたら‶気づいていたよ″って言われて、それでセッションで行ったことなどを話したら‶君が良くなるまでプラトニックラヴだね″って…。(いい~ダンナさんじゃない!)
その言葉を聞いたら、なんか大きな重荷が取れたみたいに心がもっともっと軽くなったんです。今は赤ちゃんのことよりも自分のことに夢中っていうのはおかしいけど、一生懸命なんです。もっと解放してあげたいし可能性も見つけたいんです!」

その後、彼女は陶芸を趣味で始めました。自分で作った食器で食事をするのは楽しいと言いました。そしてセッションを初めてから3年半経った現在、彼女は1才になる女の子の母親です。

めでたし、メデタシ

 

 

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